−甦る恋の鼓動−
  

 潤子が鼻唄まじりで台所で料理を作っていると思うといてもたってもいられない。
 私は気になって、潤子の後ろをウロウロ。
「もう、お母さん。大丈夫だってばっぁ。二人ぶんだもん作り慣れてるし」
 潤子の手が止まった。
 私ははじめピンとこなかったけど、潤子のあわてぶりで、今、言った言葉が頭に響
いてきた。“二人ぶんだもん作り慣れてるし”…そう、確かに潤子は言って、手を止
めたのだった。

「あはは、やだぁ!私ったら何を言ってんだかっ。あははっ」
「潤子…?」
「お母さんっ。クイズ番組、見逃しちゃうよ。さぁ行って行って!もう少しでできる
からね」

 私は首をかしげつつ、ここはおとなしく引き下がり、後で、ごはんを食べながらで
もじっくり聞きだそうと考えたのだった。
 
                  ※

「さぁ出来た!出来た!」
「わ〜、美味しそうっ〜。すごいわ〜潤子」
「へへっ、下ごしらえしてあったから出来たのが早くってなんか嬉しい、ささっお母
さん食べよう」
「うん!」
 ゴールデンウィーク以来、娘との楽しい団欒が始まった。
 娘の作ってくれた食事を食べながら、娘の話す事に耳を傾けた。もちろん、話題は
下宿のことだった。
「そっか…、下宿…いよいよ改築工事に入るのね。その間の住処を探さないといけな
いわね」
「そうなの。今、友達と探してる所なのよ」
「よ〜く調べてないと、マンションも結構、怖いからね東京ってところは」
「はいはいっ。よく知ってますって。こう見えてもお母さんより私のほうが東京生活
は長いんですっ!ふふっ」
「あら〜、そうだったわね。まいったぁ」

 食事は楽しいものとなった。食事の後は、台所で一緒に片付けものをした。
 台所で一緒に、娘と二人、後片付けだなんて夢にも思っていないことだった。
 そして、娘は声を震わせながら私を呼んだのだった。さっきのことは私から問い正
すまでもないようだった。

「お母さん…」
 きたきた!潤子の告白タイム!
「話があるの。聞いてほしいことがあって…、そして許して欲しいことがあるの」
 潤子の真剣な眼差しと不安で揺らぐ神経が私の胸を震わせた。

「分かったわ。ここじゃなんだから、コーヒーでも飲みながら聞くことにするわね」
「あ、私がいれるわ、コーヒー。東京で買ってきた、おせんべいもあるのよ」
 なんだか潤子が遠くにいるように見えて、私はびっくりしていた。
 なるほど…。全ては恋人のせいなのね。まさかいきなり結婚したいって言うんじゃ
ないでしょうね…、はは、まさかね。
                  ※
「お母さん…。私いま、付き合っている人がいるのね。それで…」
「恋人ができたのね。おめでとう…潤子、東京の人?」
「うん」
 照れながら“うん”と頷く潤子は可愛い。瞳に星が光っているのはこのせいだった
んだと私は寂しいような嬉しいような複雑な思いが心の中で波立っていた。

「じつわね。彼も同じ下宿にいる人なの。ゴールデンウィークにここに帰ってきた後
ぐらいかな…。彼が下宿に引っ越して来たのね」
「うんうん、それで?」
 私は、にこやかに取り繕い潤子のどきまぎした話し方に耳を傾けた。
「あ…、でも変ね。その男の子、東京に住んでるのに下宿って変よね」
「あ、分かった?お母さん。彼にはすごい事実が隠されていたのよ。私もう、驚い
ちゃった!」
「わ〜っ!なになに?」
「実はね、彼のお父さんも学生の頃、下宿してたことがあるらしくって、彼ったら、
お父さんの過ごしていた下宿が気になって仕方なくって、東京住まいだけど前々から
部屋が空いたら下宿させて下さいと、あそこのおばあちゃんに何度もお願いしてやっ
と分かってもらえたのか、住めることになったのね」
 私は潤子の喋る声を夢うつつで聞いていた。もしや?と、思っていた。想像は私の
脳を占領してしまったようだった。

「へ〜、面白いわね。その話…」
「でしょでしょっ〜!それでね、下宿の夕飯で歓迎会した時に、彼は私の隣に座っ
たのよ。なんか運命を感じたわ」
 潤子は興奮して話に夢中になり止まらなくなっていた。

 潤子とその彼氏の出会いに耳を傾けていた私は、なんだか過去に捨てた苦しみが舞
い戻ってきたかのように、息苦しい圧迫感に包まれてしまった。

「その彼氏の名前はなんて言うのかしら?」
 私は恐々、聞いてみた。
「あ、それがねお母さん、面白いのよ」
「もったいぶらないで早く、言って!」
 怒鳴ってしまった…。

「…ごめん、言ってちょうだい潤子」
「…うん。それが…、星一って言うのよ。星江って言うお母さんの名前の星と一緒じゃ
ない…だから私ってますます運命を感じちゃって、どんどん彼の事を好きになっていっ
てしまったの」
 “せいいち”の“せい”が私の名前の星?
「でねっ、もっと傑作で偶然な、決定的な事があるのよ、お母さん。それは、彼のお
父さんの名前が潤平っていうの、信じられないでしょ。潤平の潤はなんと私の名前の
漢字と同じなのよ」
 潤子はクスクス笑いながら幸せ一杯な笑みで話しているけど、私はその逆で、血相
が変わっていく。
 私は娘の今の気持ちを考えて取り乱すまいと自分に注意を何度も促した。

「彼のお父さんってきっと昔、お母さんのことを、」
「潤子!」
「びっくりした〜、いきなり大声出さないでよ」
「あ…、ごめんね潤子。帰ってくるのが嬉しかったせいか、睡眠不足なの私。めまい
がしちゃって…。ちょっと先に横になってるわ、ごめんね」
「あ、いいのいいの。続きはいつでも話せるわ。まだまだ私ここにいるしね、後片付
けは任せて、ゆっくり寝てちょうだい。そう言えばなんだかお母さん、顔色悪いわ」
「ごめんね潤子」

 私は、目を閉じても、またすぐに目を見開いていた。目の前にはあの頃の光景が映
し出され、心はすっかり禁断の想い出の渦中にいた。
 あの人じゃない。あの人であるわけない。こんな偶然もあるのよ。
 明日はしっかり名字を聞こう。娘の話をしっかり聞かなちゃだめだね。

 でも、心臓の鼓動は止まない。まるで眠っていた恋に火がついたように熱い。
 甦るのはやはり…、忘れられなかった私が悪いのかも知れない…。
                 おわりっ