−あの日、あの時、あの時間−

「潤子、起きなさいー、仕事でしょ」
 潤子の肩を揺すろうと手を振れると、かすかに震えている肩。
「潤子…。どうしたの?」
 潤子は泣いていた。
「お母さん、私たちの結婚、許して…、お願いよぉ」
 掛け布団をきつく握りしめてすすり泣きしている。
「お母さん、全然、笑ってくれないし、全然、元気ないし…私のせいでしょ?」
「潤子…」
 私は潤子をきつく抱いて一緒に泣いてしまった。
「違うのよ、潤子。大賛成よ、ただ、あまりにもいきなりのことでまだ私、心が動揺
してるだけ」
「お母さん」
 私は一杯、笑顔を見せながら、潤子を仕事へ行かせた。
 その昼はずっと潤子の部屋を掃除したり、学生の時にお世話になっていた、ここの
下宿のおばさんと…、あ、今はもうお孫さんが15人もいるおばあちゃんになってい
るけれど、あの頃の私のことはよく、覚えていてくれて、お茶をのみながら、その当
時の話の話題で盛り上がった。
 その日の昼間、私は買い物に出かけた。そして、下宿に戻ってくると、おばさんが
すぐに来て、私宛の手紙を私の手元に置いていった。

 封筒を見ると宛名だけで他は、何も書かれていない。ここまで差出人が運んできた
ことになる。
 封筒は和紙で作られた手作りのものだった。私は無意識のうちにドアにロックをか
けていた。
 少し、予感が目を霞ませる。私が和紙が好きなことを知っているあの人しかもう思
い当らない。私は震えまいと、きつく唇をかみしめながら封を切った。

 便せんには、たった2行。「あの日の、同じ時間、同じベンチで待っています。9
月28日」と書かれてあるだけ。
 この下宿の近くの、あの公園…。28日…。
 カレンダーを見て、今日だということに気づく。
「今日なんだ」
 やだっ!落ちついてなんかいられないじゃない!5時半だということは、もうすぐ
じゃないのっ!
「どうしよう」
 頭の中がパニックになった私はおろおろとしてるだけ。服もかっこがつくのは着て
きたスーツだけだし…おしゃれのしようがない。とにかく私は潤子に事実を話す前に、
あの人と会わなきゃいけないと考えていた。でも、こっちから連絡する勇気は私には
なかった。

「絶対、いかなきゃ。何が何でもいかなきゃ…」
 鏡の前で髪をとかしている。私は急いでいた手を止めて、自分の顔を見た。
 どんな時にも鏡は正直。一瞬にして現実が分かる。「これが今の私ね…。もう、あ
の頃のようにはいかないのよね」
 大人として、潤子の母としての顔になり、私は支度を終えて、待ち合わせ場所へ向
かい、夕暮れが押し迫る道をただひたすら脇見もふれず駆けて行った。
                  つづくっ

 **次回、最終回になります(^^;