−宵やみの月、星のベンチ−

 公園はひっそりとしていた。少し小雨が降ったせいかもしれない。
 私は端っこの道を選んで、そのベンチまで少し遠回りをして近づいて行った。

 すると、彼はいた。ベンチに浅く腰掛けて、私が来るんだろうと予想している方向
を一心に見つめている様子。
「あの日とは違うのよ」と、心の中でお喋りしだす私。
 でも、何もかも変わらないような、そんな錯覚に囚われているのは、彼だけじゃな
い。この公園は全然、変わってなかった。ただ、遊具があの頃とは違い、鮮やかな色
で飾られていると言うことだろうか…。

 彼が、振り向く瞬間が恐い。
 私は心臓から何かが飛び出そうとしてる気配を、無我夢中で押さえることだけで、
精一杯だった。もう、頭の中は真っ白。この先に何が起こるのだろうかと、詮索する
ような落ちつきは、もう、どこにもない。

 もう少しで、彼の顔が見える。そう、思いながら一歩一歩と歩いている。そんな私
の気持ちなど、おかまいなく彼は振り向いた。
 私だとすぐに気づいた彼は、さっと立ち上がる。私が側まで歩いて来るのを待って
いる。その間、息の仕方を忘れてしまう。息苦しくて彼のことを見ていられない。

 空は現実ばなれしている色で辺りを染め始めている。これだから…、今の自分を見
失なってしまう。

「こんにちは」
「こんにちは」
 少しあわて過ぎて、声と声が重なって赤面してしまう。
「突然、呼び出してすまない。なんとか君と話がしたくて、この現実を分かりたくて
いてもたってもいられなくなって、仕事をぬけて来てしまった…」
 まるで棒読みな彼の言葉に、ホッとしてしまったのか、私はクスッと笑ってしまっ
ていた。でも、すぐに口元をかみしめて真剣な顔になった。
 しっかりしたセリフを私は考えてきてない。
 彼が手のフリで座って下さいと私に言っている。私は彼の横に座った。

 お互い顔だけ、見合わせていた。言葉が消えた…。不思議な世界に来たみたいに、
なんだか顔ばかり見合って、さぐり合っている。
 そのうち、お可笑しくなって、二人とも笑い出してしまった。

 この長い年月で、色々なことがあって…、いつの間にか切ない気持ちはなくなって
いることに気づいた。今のドキドキは本物だけど、若い私のとは違う。
 ぐっとパワーアップしてる、あなたに少し、気後れしてる。

 ふと、息つぎをするように、私は空を仰いだ。
 海面から顔を出したように、空気をいっぱい、吸い込んだ。私に釣られて彼も、空
を見上げていた。
 大きく溜息をついていた。今度は私が釣られて、大きな溜息をつく。
 まるで同じ空だった。あの日、言葉を交わし合った、あの日と同じ…。きっと、彼
も思い出していたに違いない…。

 話し合わないといけないことが、たくさんあるのに、お互い、無言の時を過ごした。
 月が出て星が輝く、この公園で私は、あの時と同じ夢を見ていた。私とあなたごと
星のベンチごとさらっていって、どこか遠い国で幸せに暮らしてくださいと、宵やみ
の月は優しく微笑んでいる。

「子供たちを引き離す理由なんてないよ。必ず…必ず、一緒にならせてあげたい」
 突然の彼の言葉に私は涙声になりながら頷いた。
「ええ、もちろんよ。あのこたちを引き離す人がいたら私が許さないわ」

 まだ見える。星のベンチに腰掛けたあなたと私が夜空を巡りながらさまよっている。
あなたと私の顔がいつしか子供たちの顔に変わり、宵やみの月の下で、誓いのキスを
交わしている。